↓↓↓コメントいただけたらうれしいです\(^o^)/↓↓↓

2013年03月09日

幸せの凸凹関係?!

logo.gif
こんにちは!
久々の記事更新です。

今日はいいお天気です!
徐々に春めいてきているこの時期は、無性にキャンプに行きたくなります!!
我が社では、この時期のこういう現象を「逃避」と呼んでおりますが・・・(^_^;)


この時期は必ずといっていいほど、口内炎がいくつもできますふらふら
ある意味、正解!ですかね・・・少なくとも我が社では・・・(^_^;)

今朝、ふとそうかexclamationと感じたことを今日は記事にしたいと思います。

良く気がついて、率先してなんでも自主的に行動できる人。
と、いつも自主的な提案はなく、受け身で生きている人。

細かいことに神経質な人とおおざっぱな人。

しっかり者とだらしない人。

自分自身も含め、まわりにもそんな凸凹関係がたくさんありますね。
で、いつも、しっかり者は相手の愚痴を言っていることが多いのです。

しっかり者さんを凸さん、その相手を凹さんとすると、

凸さんが凸さんらしく存在できるのは、凹さんがいるからだよね〜・・・なんて思ったのであります。
凸さんと凸さんでは、一見、理想のような気もするのですが、凸さんの個性を精いっぱい自由に発揮させて受け止めてもらえるかな?
凹さんと凹さんでは、こちらも平穏な雰囲気がしていいのかなという気もするのですが、果たしてそれが現実的にどうなのか?

上司と部下の関係で、上司が凹さんで部下が凸さんの場合、きっと凸さんは、上司の凹さんにイライラしたり納得がいかなかったりするでしょう。
私も若い時はそんな事ありました、ありました(^_^;)

でも、裏を返したら、凸さんはどんどん自主的に行動していくことを、手前の段階でいちいち制限がかかったり、提案すらできないというような事は無いはずです。
よほど、凸さんが暴走しない限り。

上司の凹さんからすると、いちいち細かく事前に自分が準備したり、指導したり、不安に思って管理したりしなくて済むし、ましてや凸さんは自主的に考え行動してくれている。組織人として、今後幹部へと成長していくに当たり、人として道を外さなければ、会社の方針から外れていかなければ、凸さんのやりたいようにさせていくのがいいのでは。自分も楽だし・・・。
なんて、思っているかもしれません。

と、いうことは、部下の凸さんからすると、自分よりもできる凸上司である場合、いちいち細かく指示されたり、制限されたり、やりづらい面が多々出てくるかもしれませんね。(それはそれで、新たな学びがありますが)
ただ、自分の個性が発揮させてもらえる環境としては上司の凹さんはベストな相手ではないかなと思うのです。精いっぱい組織のため、自己成長のため正しく発揮させていけばいいだけです。
しかし、なぜ、上司の凹さんに不満が出るのか・・・。

客観的に考えていくと、それは凸さんは不安なのかなと思います。
凸さん自身にゆるぎない決意・覚悟・自信がないせいではないかと思います。
なので、まわりの、目の前の上司の凹さんにも一緒に関わってもらいたいのが本心ではないかと思います。

そう考えると、上司の凹さんはとてもありがたい存在だし、問題は自分の弱さだということがわかります。
なので、凸さんは、凹さんへ感謝の気持ちを持って接すること。また、周囲の人に依存している部分があるということを受入れ、自分一人でも“事”に当たれる強さを持てるようになるためにはどうすればいいかを考えた方がいいと思います。

上司の凹さんは、何もしなくても部下の凸さんは勝手に成長してくれるので、凹さんにとっても凸さんはとってもありがたい部下になります。
会社では上司としての位置づけがあるけど、凸さんにとって、自分はどれだけ必要とされているのでしょう。
究極、凸さんにとって必要ないかも?
それって、さびしい事ですよね。それに、他の部下はどう思っているのか・・・。

上司の凹さんは、部下の凸さんに何をしてあげているのか・・・。
一つ目は、凸さんにある程度自由にやらせているということ。
二つ目は、・・・・・・。
出てきません。

優しいのか、無関心なのか。

自由にやらせるって、一見聞こえがイイですよね。
でも、凹さんの行動は、本当に愛ある放任主義なのか、それとも凸さんに対し関心がないのか、仕事そのものに関心がないのか・・。
それに、日頃の凹さんの行動は、部下の凸さんにはどう映っているでしょうか。
同様に他の部下の人、凹さんの上司にはどう映っているのでしょうか。

人間って、自分の浅い思い込みでいろんな事を都合よく考える(判断する)生き物ではないかと思います。

いろんな事でもっと深く考えを働かせると、冷静な判断ができていき、人間関係で言えば、より理解しあえる関係になれると思います。

上司の凹さんは、凸さんに関心を持って接し、より凸さんの力になれるよう、自分だったらどのようなサポートができるかを日頃から考え、行動していけば、もっと凸さんが成果をだし、組織としての成果につながり、最終的には凹さんの評価も上がります。また、もっと凸さんとコミュニケーションを密にとって凸さんに安心感を与えることができたら、きっと凸さんからは厚い信頼と敬意を得ることができると思います。

「放任主義だから」と気軽に口にされる人がいますが、それは相当なスゴイことだと私は思います。
しかし、世の中にあるのは、相当にスゴイ放任主義よりも、無関心な放任主義の方が圧倒的に多いように思います。

凸さん凹さんの関係は、ほんとはお互いにとっては、良い環境が既に出来上がっているといえないでしょうか。しかし、お互いの無関心や依存心で、相手を責めたり求めたり、相手から逃げたりめんどくさがったり、浅い思い込みで、本意ではない行動をとり続け、エスカレートし、お互いの中を自らダメにしていないでしょうか。

松下幸之助さんの「道をひらく」に、
「己が正しいと思いこめば、それに異を唱える人は万事正しくないことになる。己が正義で、相手は不正義なのである。いわば敵なのである。だから憎くなる。倒したくなる。絶滅したくなる。
人間の情として、これまたやむを得ないかもしれないけれど、われわれは、わがさまたげとばかり思い込んでいるその相手からも、実はいろいろの益をえているのである。」
という言葉があります。

この言葉で、はっとさせられました。
私はこれまでたくさんの敵をつくり倒してきたかもしれません。憎んできたかもしれません。

人間は、そういう捉え方で生きていくのではなくて、お互いを認め、受入れ、感謝し、尊敬し、刺激し、学び合うものだと思えるように、少しですがそう理解できるようになりました。


私と主人、私と子供、私とスタッフ、私とお客様、私と取引先・・・・。
見渡すと私の周りはこの凸凹関係がたくさんあります。

私も凸で相手もきっと凸な人だったら、私が凹になればいいんですよね。
そうだと上手くいきそうですよね黒ハート

もっと、深くじっくりものごとを考え、捉え、受け止めて、もっともっと良い凸凹関係になれるような人になりたいなと思います。
私は、凸派ですが、主人との関係、職場との関係の中で、日頃十分凸でいさせてもらっているので、たまには、外の人の時には凹派になるのもいいなと思います。
そして、主人とも職場の中でも、時折凹派になって凸派を受け止めてサポートしていきたいと思います。
凸と凹は違います。
凸は凹にない凸をもっています。凹や凸にない凹をもっています。

凸には凹が必要で、凹には凸が必要です。


愛ある幸せ揺れるハート
の凸凹関係ってイイと思いません?

posted by kagami at 14:11| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

受け入れられていることに感謝!

logo.gif

こんばんは。
個人勉強会が終わり、記事を書いてます。
今日も時間オーバーしてしまった・・・(^_^;)

ところで、私は自他共に認める個性の強い(^_^;)女性であります。
気が強く、相手構わず意見ははっきり言う方です。
つまり、自己主張ははっきりする性格です。

で、最近つくづく感じているのは、
「私は受け入れられてここにいれるんだ」ということです。

「どうして?黙っていないで、はっきり自己主張をやればいいじゃない!」って思っていた若かりし頃もありましたが、世の中は、+と−、凹と凸、表と裏、のように、それぞれが存在して成り立っているという大法則にちょっと気付きまして、私の言動を受け止めてくれる家族やパートナー、仲間達、周囲の関係者の方々がいるからこそ、私が私らしくのびのびと生きていけるんだということを日々実感しております。

結婚したての初お正月、主人と大喧嘩して、親戚から「女が男をたてんといかんよ」と言われ、その時はその言葉に全く納得いかず(喧嘩の原因は主人にあったので余計に・・・)、私自身「なんで女が降りんといかんと!!」て思っていました。

でも、今はこの言葉の意味が良く分かります。
※だいぶ大人になりました(^_^;)

人と人との間には、どちらかが先に相手を受け入れてあげる関係がないと上手く成り立たないんだと私なりに理解できるようになりました。
夫婦だろうが、親子だろうが、兄弟姉妹だろうが、友達同士だろうが、同僚だろうが、ビジネスだろうが、全ての関係において、お互いが意地の張り合いや自己主張をしあっている間は関係は改善しませんよね。
上手くいっているということは、相手が自分のことを受け入れて(受け止めて)くれていることになりますね。勿論、その逆も。

こういうこと、なかなか普段は忘れてしまっているんですよね・・・。

誰もいない会社で、主人や子供たち、スタッフのみんなやお客様、取引先などに改めて感謝感謝です

ほんとはもっと私に言いたいことあるだろうけど、黙って受け入れてくれる人がいるからこそ、ここで自分が存在できるんですよね。

そんな私への気持ちをこれからは、私自身が受け入れていかなくてはならないですね。

振りかえると、どちらかといえば、やりたい放題、言いたい放題だった私なので、これからは、良いお年頃だし、受け入れ側の立場になることも引き受けていかなくては!と思います。

やりたい放題、言いたい放題させてもらったこと、本当に有難いです。
それが、私自身の自信にもつながったり、スキル向上になったりしているし。

今後、若手を育てていかないといけないので、私がそうさせてもらったように、のびのびとその人らしい生き方ができるように、できるだけ受け入れ側になっていきたいと思います。
(なかなか性格的に難しいかもしれませんが、意識していきます!!)

これまで関わってくださった方に心から感謝です



posted by kagami at 01:05| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

おかげさま。

こんにちは。
昨日、お客様のお母様が来られていろんなお話をしました。

この方は、占いもされるのでそういうお話もお聞きしました。

私たちは今世でどれだけ自分自身がステージをあげれるか、常に試されているのだそうです。
自分に降りかかってくる災難は、すべてその人の許容範囲内のものだそうです。
「どうして私ばかりこんな苦労をしなくてはならないの」と思いがちですが、それだけその人がそのレベルの災難も乗り越えていけると見込んだ上で試されているわけです。だから、災難や苦労が多くその程度も酷ければ酷いほど、その人はより高いステージに上がるための「試験」を受け学んでいくわけですね。
続きを読む
posted by kagami at 13:22| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月19日

「どこかで人は跳ね返さないと、人間でなくなってしまう!」

こんにちは。

今月は、土曜日もみんなで出勤しています。

さて、お昼ご飯を近くのうどん屋さんで食べようと、一人で店に入ったところ、入り口自動ドア手前のベンチに70代前半ば位のおばあちゃんが座っておられて、私が店に入って、待ち客用の名前を書くプレートに自分の名前を書いたのを見るや、「あなた、しょっちゅう来るの?」と、声を掛けてこられました。

「いいえ、たまに来るくらいです。」
「あら、そう。名前を書くのに手慣れているようだったから・・・。」

「あぁ、そうですね。このお店は週末はいつもお客さんが多いので、いつも名前は書いていますので・・・」

「家族連れが多いわね。お昼くらい家でご飯作ればいいのに。」
「そうですね。今は、“週末くらい”外で食べたいっていうのがあるのかもしれませんね。ココ、安いし・・・」

「今の母親は簡単に外食したり、弁当やインスタントやレンジでチンだけの食事を子供達に食べさせたりで、子供達自身も“自分の母親の味”っていうのをどれだけ知っているのか・・・・。」
「そうですね。つい、私達も便利さに甘えて手間をかけることをしないというか、そういう世の中のサービスや商品を求めてしまいますね・・・(^_^;)」

「要らぬサービスが有りすぎる!資本主義の下ではしかたないかもしれないけれど、そこをどこかで自分達が跳ね返さないと、人間が人間でなくなってしまうよ。」
「(おぉ!このおばぁちゃんは、何かスゴイ事言っているな・・・。)・・・そうですね。」

と、こんなやり取りをしている内に、店員さんから私達の名前を呼ばれました。私達がお話していたせいか、テーブル席に案内されてしまい、「では、一緒に食べましょうか?」「あら、ご縁がありましたね。」と、それぞれうどんを注文し、向かい合っておしゃべりしながらうどんをいただきました。

いろんなお話をしてくださいました。

70代半ばに見えるこのおばぁちゃんは、若い時は製薬会社に勤められていたようです。ちょっときむずかしそうだけど、キャリアもかなりありそうで、話される言葉などがとてもしっかりしていて、専門用語や横文字も出てきたりと“何者なんだ?このおばぁちゃんは・・・?”と興味がわきました。
政治経済にも詳しくて、ヨーロッパの政治や社会政策なども話してくださいました。
また、第二次世界大戦のことも少しですが話して下さいました。
今の経済や教育についても、お互いに話しました。

うどんを1杯食べ終わるまでのわずかな時間でしたが、見知らぬおばぁちゃんとのお話に、私もちょっとワクワクしました。


でも、しょっぱなに「どこかで人は跳ね返さないと、人間が人間でなくなってしまう!」と言われた言葉がとても印象的でした。
これからの社会をとても危惧されていました。


「あなた達はまだまだいまから10年20年とあるんだから、あなた達にがんばってもらわないと・・・。頑張ってください。年寄りの話につき合ってくれてありがとう。」
「はい!ありがとうございました。」
と言って分かれました。



なかなか、こんな出会いはありませんが、この出会いに感謝し、あのおばぁちゃんが危惧していたような社会にならないよう、“効率主義”“利益主義”に行きすぎないよう、私達自身が本来の人間の力を発揮し合い、人に厳しく優しい社会を目指して生きていかなくてはならないな・・・と思いました。

おばぁちゃん、ありがとうございましたm(_ _)m



今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ




posted by kagami at 16:35| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

発言に注意!!

こんばんは。

ニュースで見る政治家の方々は、大変だなぁと思います。

連日、各大臣やその他の政治家の方の発言によって、気分を悪くしたり、怒ったり、困惑したりする方々のことが報道されています。

でも、ふと思いました。
政治家の方々は、マスコミを通じ、何気に発した言葉も全国に報道され大事になることもありますが、私たちも似たようなことがあるな・・・と。

自分のいる環境には、様々な立場の方、様々な考え方を持った方がおられます。
特に、仕事上での要注意は、自分の立場に気をつけて発言することかな・・・。

誰に(どんな人たちに)、どんな順番で(どのような優先順位で)、何を話すのかって、かなり大切かな・・・と思います。

この順番を間違えると、周囲に誤解や不快感を与えてしまう場合がありますよね。


今回の前原大臣と森田県知事との間もこんなことではないかと思いますが・・・。


難しいですよね・・・。
よーく考えて、言葉は発言しなくてはなりませんね(^_^;)



人間は、「感情の生き物」なので、その時のコンデションで物事の受取り方が変わるし、ちょっとした言い回しでカチンときたり、言葉の裏を勘ぐったり・・・。そして、そこからいろんな発展があったり・・・と、時には厄介なことになったりすることもありますから。


でも、敢えて「感情の生き物」だということを理解して、どうしてそのような発言を相手がしたのか、その言葉の本となった相手の「感情」を読み取ってみると、売り言葉に買い言葉のようなことにはならないのではと思います。

言葉の向こう側にある相手の気持ち(感情)を読み取って行動することで、もっと相手に(人に)近くなれたらいいなと思います。



今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ









posted by kagami at 00:46| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

自分の中の入れ物&バランス

先日、個人のお客様のお母様が当社へお見えになって、その対応をしていたらとてもおもしろい話をして下さいました。

この方は、霊感が強く易学もなさっておられる方で、いろいろな方の人生相談にのっておられます。
また、これから本格的に趣味で始めた事を事業として立ち上げようとなさっておられます。

この方と人生相談の事でお話していて、ふと思いました。

たぶん、人には生まれてからその人それぞれの、ある一定の量の、たとえば“嬉しいこと”があるとしたら、それを受け止める自分自身の中の一定の量の入れ物があって、その自分の中の入れ物と受け止める“嬉しい事”との容積は、その人の人間としての成長度合いで必ずしも一致しておらず、その入れ物の方が小さい場合、うけとめたものが溢れてしまいます。
だから、溢れてしまう前に、自分で中に入ってきたものを外に出す(人に与える)ことをしなくてはいけないのではないかと・・・。

今の自分自身の入れ物の大きさよりも多いものは、必ず溢れ出します。欲を出し全て自分の物にしようとしたりすると、他人から妬まれます。だから、自分の大きさに合った分はいただいて、残りのオーバーする分は周囲の人々へ感謝の気持ちや気配りをして、分け与える。

逆を考えれば、人からねたまれたりするのは、自分の入れ物以上に何かを持っていて、周囲への配慮に欠けていたりするからなのではないかと思いました。
そう、入れ物を大きくしないと、たとえ良いことが沢山あっても、溢れてしまって(周囲からのねたみが発生したりして)本当に満足感を味わえない(人間としての喜びを感じられない)のではないか・・・と思ったんです。

実際に相談された話しをお聞きしました。
とてもキレイでモデルのような娘さんを持ったお母さんがご相談されたそうです。
ある会社に就職して、上司からはとても良く評価してもらっておられました。しかし、次第に同僚や周囲の社員さん達からのねたみがひどくなり、その内娘さんがストレスで会社を辞めてしまう。こういう事が何回も繰り返し、娘さんも引きこもってしまい、お母さんもとても心配なさってご相談されたのだそうです。

相談を受けてアドバイスをなさったら、娘さんも人間関係が上手くいくようになり、明るくなられたそうです。


また、ある50代の奥様がとても悩んで相談されました。
嫁にきてこれまでずっとご主人や家族のために頑張ってこられたとても良い奥さんだったそうです。しかし、ずーーーーっと、自分を抑えてこられたのでしょうね。今では、ご主人のことをとても深く恨んでおられて、そういう自分をどうしようもできず悩んでおられたのだそうです。

話しをじっくり聞いた後、アドバイスされたら、胸の支えがとれたととても明るい顔つきで帰られたそうです。

この話しを聞いて、人間には“バランス”が大切だなーーー、と思いました。



もしかしたら、今自分の周りの人達の、自分に対する態度で、今の私自身の入れ物の大きさが、足りているか足りていないかを量れる基準になるのかもしれない、と思いました。

冷静に客観的に考えると、相手からの例えば自分が嫌と思う言葉や態度が、今までは、こちらもムッちっ(怒った顔)ときたりしていましたが、私の何かその人に対する配慮が足らなかったから、こういう言葉や態度でその事を伝えているのか・・・と思えるのではないかと思いました。
だから、その人との関係も、そういう所に注意していくと上手くいくのではないかと思えるようになりました。
※現実には、なかなか実行できていませんが、心がざわつかないというか、後からでもこういう風に自分を客観的に振り返る事ができるようにすこーーーーしはなれたのかな・・・。



そして、自分の心をいつも真ん中に置く。
“バランス”を意識していかないと、そのツケが人生のどこかでフッと目の前に難題として現れてくるかもしれませんからね(^_^;)



最後に、この方から言われました。
「“心を喜ばせる”事を沢山した方が良いよ。」
鏡:何ですか?喜ばせるって?
「“満足する”こと」
鏡:満足する?
「そう、満足したら、心が喜ぶ。そして、心が安定してくる(不安が無くなる)。安定してきたら、いろんな出来事に対して動じなくなる。」
鏡:それって、子育てで言われている事と同じですね!
「そう、小さな満足感、達成感を沢山経験させてやることで、子供は不安を感じなくなり、心が安定して親子関係も周囲との人間関係も落ち着いてくるのよ。」
鏡:じゃ、我が家は満足感が全然足りませんふらふら。どこかで、子供は不安を感じているんですね。決して心が安定しているとは言えませんもの・・・。(反省もうやだ〜(悲しい顔)
「そう!大丈夫お母さん!頑張って!心を喜ばせてあげんとね!」
鏡:ハイ!有り難うございました。


とても、良いお話を聞かせていただきました。
この方にお会いすると、いつもゲンキになります!




今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ




タグ:人生 幸せ
posted by kagami at 00:45| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

おせっかい

今日のニュースを見て、くやしくて可哀想で可哀想でたまらなくて涙が出ました。

育児放棄で母親に懲役6年=置き去り2歳児餓死−さいたま地裁
2008年9月3日(水)12:30

 埼玉県三郷市の祖父母宅に2歳の次男を置き去りにし、餓死させたなどとして、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた母親の無職島村恵美被告(30)の判決公判が3日、さいたま地裁で開かれ、中谷雄二郎裁判長は懲役6年(求刑懲役8年)を言い渡した。

 中谷裁判長は「親としての自覚や愛情はもちろん人間性にも疑問を感じさせる、あまりにも冷酷で非人道的な犯行」と指摘。動機については、検察側が「交際相手と同居生活を送るため」としていたが、裁判長は「自分の時間が欲しいとの思いから育児放棄した」とした。

 島村被告はグレーのトレーナーに、紺のジャージー姿。量刑が言い渡されたときも、表情を変えず、裁判長を見詰めていた。

 判決によると、島村被告は3月3日ごろから2歳の次男と双子の長女を祖父母宅に預けたまま放置。十分な食事を与えず、12日ごろまでに次男を脱水を伴う低栄養で死亡させるなどした。 



[時事通信社]


6歳、捨てられてもたたかれても母をかばった 埼玉
2008年8月21日(木)06:09

 埼玉県三郷市の民家で3月、幼児3人が置き去りにされ、島村健太ちゃん(当時2)が死亡、双子の長女が負傷した事件で、保護責任者遺棄致死傷の罪に問われた母親の無職島村恵美被告(30)=同市早稲田2丁目=の初公判が20日、さいたま地裁であり、島村被告は起訴事実を大筋で認めた。動機については「育児の煩わしさから逃れ、交際男性との同棲(どうせい)生活を送るため」と指摘した検察側の主張に対し、「育児放棄になりやすい状況だった」とし、複合的な要因によると主張した。

 検察側は冒頭陳述などで、島村被告は2月、双子の父親で名古屋に単身赴任中だった内縁の夫とは別に、近くの居酒屋店員と交際を開始。店員と2人で近くに借りたマンションで同棲したいと考えるようになり、3月3日ごろ、「ママはもう戻らない。後はよろしく。(妹と弟の)面倒見てね。おなかがすいたら電話をかけて」と言い残し、子どもを置き去りにしてマンションに移り住んだ、と指摘。


餓死した子どもは発見されたとき、ゴミと糞尿にまみれていたそうです。餓死した子どもを見て、母親は6歳の子に「お前はクビだ」と言って平手打ちしたそうです。
それでも、この6歳の子は、「全部ぼくが悪い」と言ってこの母親をかばったそうです。

餓死という悲惨な結末でこの世から失われた小さな命。
施設にいる残された子。
自分の目の前で弟が死んでいった事、残されたこの子達の心の傷は相当に深く、どんなに重いものだろうか・・・。
毎晩泣いて泣いて救いを求めていたのに、誰も手を差し伸べてくれなかった事実。

ニュースで、インタビューに答えていた近所の人の話は、「いつも夜の6時から7時ぐらいに子どものわんわん泣く声がしていた」と他人事に答えていた。
児童相談所の人が「祖母がいるから大丈夫と母親が答えていたから」と会見で答えていた。

それでいいんですか!
そんなもんなんですか!
もっと、“おせっかい”になっても良かったのではないですか!
もっともっと私達大人は後悔しなくてはいけないのではないでしょうか!


親という立場になって、母親という立場になって、『子供は世界の宝』という言葉の素晴らしさに気付かされました。

全世界での、犯罪や事故、災害に巻き込まれた方の話を聞くと心が痛くなりますが、それが、子供特に小さな子供の場合は、胸が締め付けられとても辛くてたまりません。
火曜日だったでしょうか、国民健康保険の無保険者世帯の子供達の記事が出ていました。「子供には関係ない」と無保険者世帯の子供には保険資格を与えている市町村と、そうでない市町村。
病気でも、きちんとした治療すら受けられない子供達。
学校の保健室でもらう薬で何とかしのぐ子供達もいるそうです。
日本での話しです。良く耳にするアフリカ等の子供達の話ではないんです。
ここでも、大人の犠牲になっている子供達がいます。
できれば、そんな話耳にしたくありません。そんな事実信じたくありません。耳も目も塞ぎたく、その事を自分の中で無かった事にしたいくらいです。
でも、事実なんです。

福田さんの辞任劇に日本中がざわめいていますが、そんなことより、大事な子供達が犠牲になっている事、弱いお年寄りがとても苦しい生活をしている事、こっちの方が人としてはるかに重要ではないかと思います。

自分達の利権ばかりを争い、さもご立派な大義名分を演説している方々は私はどうも別世界の方々にしか見えません。



近所付き合いがほとんど無くなってしまった現代社会の中で、犯罪も多様化、低年齢化し、人間としてのモラルが崩壊した本当に物騒な殺伐とした社会に日本もなってきました。

皆さんの家の近所で、向かいの家で、お隣さんで、もしこのニュースのような事件が起こっていたらどうしますか?
過剰に反応するのも考え物ですが、お隣の生活の様子の変化に気付けますか?
正に“おせっかい”そのものですが、こういう事がもっと自分達の生活の中で必要なのではないかとこのニュースを見て強く思いました。

あまりにも無関心すぎるのではないかと感じました。

“おせっかい”=愛情がある
“無関心”=愛情がない

だと思います。

例えば、考えてみます。
自分の周りで、口やかましく自分にいろいろと言ってくる人のこと。

その人のことを嫌で嫌で仕方ないと思っています。
その人が言う事は、自分に対する“意地悪”でしょうか?“おせっかい”でしょうか?

誰でも、年をとってくほど、自分の事に対し人からとやかく言ってほしくないと思っているはずです。
誰だって良い気はしません。
“ウザい”存在です。
でも、ちゃんと考えるとわかりますよね。
それが“おせっかい”だということを。

そう、言われたら腹立つんですよね・・・(^_^;)

でも、ありがたいとチョッピリ思いませんか?
“愛情”ですよ。“愛”ハートたち(複数ハート)

身内だと、“おせっかい=愛情”とわかっていてもついつい反発して辛く当たってしまいます(>_<)

行き過ぎたおせっかいは、“ありがた迷惑”と言われるのでしょうが、限度がありますが、受ける側も最初から嫌がらず、その“愛情表現”をたまには敢えて受け入れてみて、その“愛”ハートたち(複数ハート)を感じてみるのもいいのかも・・・と思います。

昔、田舎でもいました。近所のいちいちうるさいおばさんが(^_^;)
そのおばさんは、地域の大人として私達子供達に愛情を注いでくれていたんですよね・・・。
そして、よく近所のよその家の事情にえらく詳しいおばさんもいたいた(^_^;)

ある意味、こういうおばさんは貴重なのかもしれません。

大げさかもしれませんが、そういう人たちの存在が、地域社会の秩序維持に幾分かの貢献をしているのかもしれません。
みんなが、もっともっと“人”を好きになっていくとおせっかい人間も増えてちょっと困る面もあるかもしれませんが、きっとこんな悲惨な事件は少なくとも今よりも減っていくように思えます。



おせっかいとは少しズレてくるかもしれませんが、もっとおおらかな気持ちを持って、子供達の気持ちを大事にして、子供の気持ちを最優先にして(甘やかすという意味ではありません)、もっと親としての“正しい愛”(=無償の愛)を私自身が与えられるようになりたいとも思いました。

反省しました。

こういう悲惨な事件まではいかずとも、日々の生活の中で、ひょっとしたら、この母親に近いことを私自身もやっているのかもしれないと思いました。
自分のやりたい事(仕事など)を優先にして晩御飯の時間が毎日遅いこと。
毎日バタバタした生活で、子供達ときちんと向き合う時間があまりとれていないこと。
一見何もないような家庭でも、いろんな意味で子供が大人の犠牲になり続けて毎日を過ごすと、その子の人格形成にも将来大きな影響があるでしょうから、この事は真剣に考え、改善しないといけません。
ズルズルと同じ過ちを繰り返していてはいけませんね。

女性の社会進出により、フルタイムでバリバリ仕事する主婦もだいぶ増えてきました。が、その副産物として、心が満たされない(心が平穏でない)子供達も沢山増えているだろうと思います。
我が家が正にそうですふらふら

お母さんが専業主婦で愛情をたっぷり受けた素直な穏やかなお子さんのお話をきくと、うちは大丈夫かな?とちょっと不安になってしまいます。
今は我が子は小さいのでそんなにわかりませんが、小学校高学年→中学生→高校生と成長するにつれ、今のこの生活の“つけ”がどこかできそうな気がしてなりません。

自分で選んだ生き方ですが、親としてやるべきことをやっていないのは自分自身の甘えだと痛感します。
ちゃんと両立なさっておられる方もおられるので・・・。



今日のこの思いを忘れないでいたいと思います。


長々となりまして。
最後まで読んでいただきありがとうございましたm(__)m


今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ






posted by kagami at 02:30| 熊本 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月10日

評価

昨日午後、決算打合せで来られたお客様と沢山お話した中で、葬儀の参列者の数の話しになりました。

知人の方の葬儀に参列した時、その方は、会社を既に退職なさっておられたのに、会場に入りきれない位の参列者が来られていて、今まで葬儀に行った中で一番多かったということでした。
その方は、経営者でもないのに、あれだけの沢山の人達が参列してくれるということは、生前の人脈が多く、人との関係も良好だったのだろうということでした。
喪主の奥様もびっくりなさっていたそうです。

いろんな場面で人からの評価を受けます。
人生の最後(死を迎えた時)の評価が、葬儀の参列者の数でわかるのではないかとお客様と話しました。
自分の最後の時は、ひっそりと密葬で送り出して欲しいと願う人もおられるかと思いますが、生が有る限り、人生は良くも悪くも、高くも低くも波が訪れ、一喜一憂し、流され、振り回され、ドン底に落ち、そして這い上がり、人と出会い、別れ、愛し、愛され、自分の与えられた時間の中で、沢山の経験を積んで人生を終える時、やはり多くの人から見送られることは、本人にとってもとても嬉しい事ではないのかなと思います。
きっと、「いろんな事があったけど、まぁ良い人生だった」と笑顔であの世へ気持ちよく行けるのではないかと思うのですが・・・。

お話をしていて、まだまだこれから何十年生きられるかわかりませんが、これから沢山の失敗もし、人にも迷惑をかけたり嫌な思いをさせたりしていくのでしょうが、自分のタイムリミットのその日まで、その多くの失敗等を挽回する時間もチャンスもあるんだと思いました。
そのタイムリミットまで、何度でもいろんな事にチャレンジする時間があるし(幸せになることができるし、成功することもできるし)、逆に、今幸せで、順風満帆な生活を送っていてもタイムリミットのその日までその幸せがずっと続く保証もないんだと思いました。
だから、今真っ只中の出来事で与えられたタイムリミットを自らの意志で短くすることは、絶対に人生の損だと思います。
真っ只中を歩いている未熟者の私が言うのもおかしいですが、それぞれに与えられた時間の最後まで(タイムリミットまで)で人生の評価は決まるのではないか、勝ち負けではないですが、“終わりよければ全て良し”かな?一言で言い切ると・・・。
そう、だから、その最後の最後まで、“やり甲斐”はあるということです。
10000個の嫌な事、辛い事があっても最後の10001個目で良いことがあったら、自分の人生は良かったと思えるのではないかな・・・と思います・・・。
ドリカムの歌にもありますね、「何度でも」
この歌は、あきらめないで!!と励ましてくれる歌です。
大好きです。





人生最後の評価を受ける日(葬儀の時)に、どんな人達が見送りに来てくれるのかは知りたい様な、知りたく無いような気持ちもしますが、やはり自分の人生で接点があった方々に来て頂くと嬉しいなと今から思っております・・・。


日頃から“徳を積む”ことをやっていくことですね。

いろんな事があるでしょうが、ブログ書きながら、ちょっとこれからの人生にワクワクしちゃいましたハートたち(複数ハート)
単純過ぎるかなわーい(嬉しい顔)




今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ


タグ: 葬儀 評価
posted by kagami at 10:55| 熊本 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月02日

「闇の子供達」

ケーブルTVを見ていたら「闇の子供達」という映画の宣伝をやっていた。
このタイトルだけで一瞬にして釘付けになった。

母になってから特に、子供の事件事故、社会問題に関しては、かなり関心を持つようになり、そういったNEWSを耳にすると、つい涙がでたり、とても辛くなったりしていた。
なので、この宣伝もほとんど終わりに近い部分だったが、すぐにネットで検索してみた。→→→→「闇の子供達」

あまりの悲惨な信じがたい内容に、絶句し憤怒の涙が止まらなかった。
何とも辛くせつない、腹立たしい気持ちになった。

来月から公開だそうだが、これはあまりにも内容が激しくて重たすぎて、きっと話題になることでしょう。

闇の子供たち (幻冬舎文庫) (文庫)
梁 石日 (著, 原著)
という小説が映画化されたものですが、気持ちが治まらなくなって、「こんなむごい世界の話、ほんとは知りたくない、知らずにいたい」という気持ちも心のどこかであったが、Amazon.co.jpのカスタマーレビューの全部に目を通してしまった・・・。

後味がかなり悪く、強烈なショックを受けてしまった・・・。

日本人は国際社会からもこの人身売買に関し強く指摘されていることは知っていたが、実際に我が子と変わらない年頃の少年少女達がこの映画のような臓器売買、人身売買、児童性愛者への売春をさせられたり、言葉ではとても言えない程の酷い虐待をうけているのであるとしたら・・・、辛くて、とても耐え難い気持ちになった。
涙がとまらなかった。

あまりにも平和ボケしている自分達には、それが別世界の、テレビの中の話であってほしいと願いたいくらいだ。

夏休み中に公開されるけど、これは、親としては、子供達に知ってほしい気持ちと、この酷さを見せたくないという気持ちの両方があって、かなり複雑・・・。

こういう一筋縄では根本的に解決しないヘビーな社会問題は、聞いたり見たりしても自分自身どうしていいのか、何ができるのかわからなくてとても心が痛んでしまう・・・。

ただ、私達と同じ日本人が深く関わっていることを決して忘れてはいけないと思う。
サイトの中で、監督さん達がこの問題に詳しい大学の先生に話をきいている内容が紹介されていた。
先生曰く、「問題は、貧困や社会格差だけではなく、需要側にある」
正にそうだ。

毎日毎日、目の前の事で大変!!と思っていた自分が恥ずかしい。
今こうしている間も、ひどい目に遭っている子供達がいるという事を思うと、自分の抱えている問題や課題がとてもちっぽけに思えてくる。

映画のタイトルそのもの、人間が作った、大人が作った悲惨な“闇”社会の存在をこの映画や小説によって突きつけられてしまった・・・。




今日は、重たーい話題になっちゃいましたね、すみません。



今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ


posted by kagami at 02:42| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

プチエコ★

いつもいつも感じてました。
皆さんのご家庭では如何なんでしょうか?

ペットボトルがどんどん増えていくんです!!
ちゃーんとパッケージのビニールをはずして、キャップも取って、中を洗って潰して(これはたまに忘れますが・・・)月2回のペットボトルの日迄、溜めていますが、ちょっと多すぎるんではないかと疑問に思うようになりました。
それだけ、ペットボトル飲料を購入しているということですよね・・・。
更に、飲みかけのものも部屋にあったりして・・・。

確かに、リサイクルされているんでしょうが、でも、コンビニではどんどん新商品がでてきますよね。
例えば“お茶”です。
たかがお茶、されどお茶です。ジュース関係よりも陳列ケースを占領しているのは、“お茶様”ですよね。
缶製品は飲み残しができないから、やっぱりペットボトルを買ってしまいます。

ほんと、1ケ月で我が家に溜まるペットボトルの量はかなりのものです。
そこで、これ以上増やさない為にも、この使用済ペットボトルをきれいに洗って“マイボトル”にすることにしました!
今マイブームの“茶”は、“ルイボスティー”です。
これを、HOT専用のペットボトルへ注いで携帯しています。
出かける時には、いつもです!
水筒はちょっとバッグには大きすぎるので、ミニタイプのペットボトルがありますよね、アレを使ってます。

お金も使わないし、ゴミも出ないし、一石二鳥でイイでしょう?
たしか・・・、スターバックスもマイボトル持参すると、コーヒーを入れてくれますよね?アレもなかなかいいな・・・と思っていて、私もtryしようと思ってます。
で、そんなプチeco★活動をさりげなくやっている人を見ると、「あっ、この人もだ!」と何だか、勝手に親近感を感じている今日この頃・・・。

まだまだ、完璧なeco★人間ではありませんが、私もeco★デビュー!!これからも、続けていきます。

皆さんの周りでこんなプチeco★活動があったら教えて下さいわーい(嬉しい顔)



PETボトルリサイクル推進協議会のHPです。
どうぞ→http://www.petbottle-rec.gr.jp/qanda/index.html



今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ


posted by kagami at 17:25| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

オーバーアクション

先日、会社にメーカーの担当者Tさんが来られて、妊娠の報告を受けました。
「おめでとうーーー!!!」パチパチパチ
「よかったよかった!」
男の人には分からないかもしれませんが、妊娠すると女性の顔つきはソフトに変わります。
私も、言われましたが、ホント!Tさんも優しさが全面的に出ていて、これまでの“できる女”にソフト感がプラスされ、笑顔がとても優しく感じました。
良いですね。こちらまで、幸せを分けてもらえたような気がしました。

結婚して、出産経験後から、自然と会話の中でオーバーアクションを取るようになったような気がします。
楽しい話やおめでたい話、悲しい話や辛い話、内容はいろいろとありますが、「そうですよねー」とうなづいたり、「そうなんですかー」「わぁー、それは良かったですねー」なんて会話の中でオーバーアクションしてしまいます。
でも、そうする事で、その内容が自分の事のように感じたりして、相手の方に少しだけ気持ちが同化できたような気がするんです。
だから、おめでたい事や楽しい事だったら、自分も何だか嬉しくなっちゃうし、悲しい事だったら、「大変だろうなーー」と察してしまいます。
独身の時よりも、“人”に対して関心が高まったというんですか、“相手に近づきたい”と思う気持ちも少しあるからでしょうか、チョット近づくことができたかな・・・?

今は、自分の周囲の人でおめでたい事があったら、きちんと「おめでとー」と言いたいし、大変な事があったら、何か力になれないかなと考えるようになりました。
そしたら、自分も沢山の人と関わりあった中で存在している事がよーく分かります。

会社の中で、誰かが結婚するとか、赤ちゃんができたとか、不幸があったとか、家庭で問題を抱えているとか、そういうことが相談や報告を受けたり、報告、相談したりってことありますか?
プライベイトの事は一切秘密にしている人もいるでしょう。あまりしつこく必要以上にしなくてはいいと思いますが、こういう事が気軽に言えるような職場であってほしいと思います。
仲間として、共に喜び共に悲しみ、なーんて堅苦しいですが、でももっと会社の中でのご近所づきあいをしてもいいんじゃないかなと思います。
そしたら、きっと職場の雰囲気も明るくなると思いませんか?
そして、自然と人間としての思いやりや助け合いの心が涌いてくると思います。
メールも良いですが、同じ屋根の下で仕事をして、顔も合わせるのに、全てをメールでコミュニケーションをとるのも異様な気がします。
私だけ?こんな風に思うのは・・・。
メールか会って言った方がいいか、文書がいいのかの判断基準て最近難しいな・・と思います。
人によっては、「全部メールで良いよ」という人もいるだろうし、社内の新人さんへの指導もどういう基準で使い分ければいいのか説明する側としてもちょっと困ってしまうし、そういう以前に既にあらゆる報告をメールでする人もいるし、「ちょっと、これは、常識的にもメールじゃないだろ」と思う時もあり、ホント・・・なんだかなーて感じです。
私は、古いのかな・・・。

まぁ、とにかく、オーバーアクションはなかなかイイと思いますよ。
会話もはずみますし・・・。
オススメです。



今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ
posted by kagami at 19:13| 熊本 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月15日

突然の連絡

13日の昼食中に実家の祖父より祖母が倒れて入院しているとの連絡があった。
驚いた。
その日の夕方実家に帰るように予定を変更して、ちょっと気になったので岐阜にいる妹に連絡したら、危篤状態とのことだったので、もう何が何だかわからなくなって、急遽会社もそのままで、保育園でお昼寝している下の子を迎えに行って高速道路に入り、超大急ぎで病院へ向かった。
病院までの運転中は、必至に必至に祖母の事を祈り続けた。
けど、信じられなくて涙が止まらなかった。
主人も仕事をすぐに切り上げてくれて上の子を迎えにいってくれた。
途中、あまりに急いでいたので、白バイからスピード違反で捕まったそうで、罰金7000円、しかも、高卒以来無事故無違反のゴールド免許だったので、もう本当に申し訳なかった。
一時間半後、病院について、変わり果てた祖母の姿を見たが、それでも何だか現実でないようで、目の前にいるのは、元気でいつも明るい祖母ではなく、違うおばあちゃんのようだった。
「誰かに言っておいたから、その人に聞いて」「あなたは誰?部屋に入るのは、親族の二人までにして。」と、とても応対の悪い脳外科部長の先生の言葉に、私たち親族は頭にきていた。
田舎の病院の中で、公立病院のこの病院はとても必要とされているので、この病院の院長はじめ、一部の先生や看護婦の態度には日頃から住民の人も頭にきているが、唯一の大きな病院な為みんなぐっと我慢しているのだそうだ。
祖母の弟のおじさんは、もう18年も民生員をしてとても穏和な人だが、このおじさんさえも相当頭にきていた。
3皆の入院病棟に入院しているが、全てお年寄りばがりで、看護婦さんも若い方はいなくて、中年以上の方ばかりだった。私たちが何か訪ねようとしたらバタバタと忙しいそうにしていて嫌そうに面倒くさそうに対応していた。
今、医療現場の環境がどこの地方でも社会問題になっているが、ここにもそうなんだと、怒りを抑えた。

弱い患者側は病院に従うしかない。

先に駆けつけていた親族から聞くと、脳梗塞の一種でマヒはしておらず、梗塞自体はそう重いものではないとのことだが、結構大きな血栓が手術不可能の場所にあり、血圧の安定維持と血流をよくする点滴しか対処できず、今は少し落ち着いたとのことだった。
とにかく、意識は何とかあって、呼びかけに対し返事をしてくれたので、少しホッとしたが、しかし血圧が上がったら、血管が破裂して命はないということだった。
この先の状態の見込みも分からないそうだ。

じいちゃんばあちゃん子だった私にとって、人生の流れが一瞬ストップしてしまったような感じがした。
こんなに身近な人の命の危機を経験するのは、これが初めてで、いつかは皆必ず経験することだが、そう頭の中ではわかっていたつもりだが、愕然とした。
全然なにもわかっていなかった。
親族達が連絡を受け皆病院に向かっていた。

この状態がずっと続くのか、改善するのか、悪化するのか、未だわからなくて、とにかく今は親族の者で看病しているが、皆仕事を持っており、祖父も最近はきちんと会話ができない(こちらが話していることに対しての応対が適切にできない)状態なので、そっちの心配もあり、私たち近くに住んでいる親族の今後の生活がガラリと変わると思われる。

家族のついてのこういう一瞬の出来事によって、私たちは沢山の周囲の人達との関わりによって生かされているんだと、強く感じた。
そして、いつも身近にいる人に対して、何だか照れくささもあり、今更という感じもあり、日頃感謝の気持ちを伝えたり、何かをしてあげたりすることは、ついつい後回し後回しで結局何もしてあげていない自分にとても腹が立った。
もし、このまま最後の別れになったら、私はばあちゃんに何もばあちゃん孝行してあげていない。
じいちゃんに対してもそうだ。いずれ、その時がくる。必ず。
でも、その時のことを考えたくなかったのも正直ある。その時がくるのを認めたくなかった。
でも、もう二人ともそういう年になっている。
私は、家族の一員として、今自分がやれる事をやろうと思う。
これから、どうなるかわからないが、生活が変わってもその中で自分自身がやれる精一杯の事をやってあげたいと思う。
家族の存在の大きさを痛感した。

その日は、本当に精神的にかなり疲れた。
家族の心配事て、ものすごくダメージがあるものなんだとこれも痛感した。もし、スタッフの中でもそういうことがあれば、出来る限りバックアップしてあげたいと思う。

やっぱり家族の健康、元気な顔が何よりの生きるエネルギーですもの。いろいろと大変な事情を抱えた中、一日一日頑張っている方々も沢山おられるし、私もその時々やれることを後悔しないようにやっていこうと思う。


今日は、あまり明るい話題ではなかったが、今の心情を書きたかったので書きました。

読んで下さり有り難うございました。




今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ







タグ:家族 健康
posted by kagami at 13:47| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月22日

悩み

昨日は、上の子が咳がひどかったので、病院に行った後に小学校に行かせる予定で受診したら、熱が出ていたので、じゃお休み!
本人は、ちょっとラッキー!!なんて感じでしたが、えーい、しょうがない。自宅で仕事しようと、病院の帰りに事務所へ寄って準備していると、Aさん(女性)から電話がかかってきました。
去年から何度となくこの方から電話がかかっていていました。お悩み相談みたいな感じになっていて今回も内容は複雑なものでした。

電話を切った後考えました。
いろいろと悩んでいるとき、この悩みの世界から脱出するのって、その方法も人それぞれなんだろうな・・・。
問題が発生したとき、それを自分の中に受け入れたときにどのくらいの大きさに感じるかも人それぞれだろう。
そして、受け入れた後、生活への影響度もまた、人それぞれなんだろうな・・・。って・・・。

最近の自分は、悩みが全く無いというわけではありませんが、段々年を重ねているせいで物忘れがひどくなってきているのか、超楽天家なのか、悩んでも仕方ない事は悩まない事にしている(無意識のうちにそうなっている)ので、悩みの蟻地獄でもがき苦しむという事はここんとこ無いですね。(良いのか悪いのか・・・)

間違っているかもしれませんが、そう大して悩んでない自分から客観的に悩んでいる人をみると、あることに気付きます。
悩み苦しんでいる時って、思考ばかりが先行しているんではないかと思うんです。
頭の中で、先の先までどんどん自分の思いだけで展開していって、その中のひとつでも、実際に現実の世界で問いただしたり、試してみたりせずに、自分自身で不安感や恐怖感、脱力感、無力感等あらゆるマイナス感を増幅しているのではないのかな・・・と思います。
相談しているのに、相談にのっている相手の言葉を本当に受け入れていないし、そのアドバイスをそもそも試してみようと思っていない。
だから何も状況は変わらないで、いつまでも同じ位置で停滞している自分がいる・・・。そしてまたそんな自分を責める・・・。

どちらかといえば、独身時代は私もこんな状態(↑悩み苦しむ)でした。結婚してからは、多少まあ悩みもありましたが、今考えるとそれも私の独りよがりだったかなと思うので、今は“大した事ない”と思えます。

悩んでいる人に対し、周囲はガンバレガンバレと励ましますが、カウンセリングの立場からいうと「頑張らなくていいよ」と言わないといけないんだそうです。確かに、無理して自分を強い自分にしなくてもいいと思います。泣きたい時には泣けばいいし、逃げたい時は逃げればいいと思います。でも、この「頑張らなくていいよ」という言葉は、その人の側で誰かが付いていて支えてくれるのであれば、その言葉によっかかって頑張らない自分になってもいいのかな・・・と思いますが、悩んでいる人みんなにそんな支えてくれる人がいればいいですけど、なかなか現実はいないのではないでしょうか。
一人きりで処理しなければならないのが現実ではないかな・・・。
寂しいことですが。
カウンセリングを受ければ別かもしれませんが。

私が一人で処理する場合のこの“処理”とは、決して頑張ることではないんです。ありのままの自分を受け入れること、認めることだと思います。自分の気持ちは誰にもわからないので、自分の行動に対し他人がとやかく言っても、自分の事情を知らないままで言っていることです。いちいちいろんな人に自分の事情を説明する必要もないので、そこは聞か猿で気にしない気にしない。
でも、自分に否がある時は冷静に考えるとわかります。その時は、“ごもっとも”で言われる事はショックですが、しかたがありません。その事実を受け入れて、行動で示さないといけません。挽回するぞ!!という気持ちで。
このとき、あまり自分を責めるといけません。自分を責め過ぎるとその先には蟻地獄が待ちかまえていますからね・・・。
私は、こんな風にして、悩みとお付き合いしてますが、皆さんはいかがでしょうか。
でも、悩むと間違いなく自分が成長してます。かなり後で気づきます。その時はわからないんですが、悩み苦しむ事は人として必要な事だと思いますね。
ただ、“明るく悩む”ようにしないと、周囲にマイナスオーラを出してしまいそうです。
でも、天然ボケのようにあまりにもお気楽に考えるのも、現実逃避してないかと逆にチョット心配してます(^_^;)
まぁ正直、人様の悩み相談を受けてもわかりません!
変わってあげることもできないし。
適切なアドバイスもできないし。結局、聞いてあげるだけですかね・・・・。
悩みの乗り越え方は人それぞれでしょうから、どの方法が自分に合うのかわからないですよね。結局は“自己処理”扱いになってしまうと思います。

悩みから抜け出るには、とにかく行動する!!
後は時間に任せる!!(いくら悩みに時間かけても、状況は何もかえれないことは間違いないですから)
考える前に動く!動きながら考える!でしょうか・・・。

でも、悩み真っ只中の時は、たぶんこんな事言われても受け入れられないでしょうね。悟りを開くというか、居直る(?!)というか、自分なりに乗り越えられる(気持ちを切り替えられる)きっかけを掴むまでは・・・。私の場合、きっかけは・・・・・
もう忘れちゃいましたわーい(嬉しい顔)

あ、それと嫌なことは忘れる!
のも、結構大事なのかも・・・・。


Aさん、何とか自分なりに乗り越えてほしいです。



今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ
タグ:女性 主婦
posted by kagami at 01:56| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

感謝の気持ちの表し方

午前中顧問先の訪問を終え、10年以上のつきあいのある定食屋に寄って遅めの昼食をとりました。

ここのマスター夫婦は私の両親より少し年下。
マスターは見た目はガラ悪くて怖いけど、おしゃべり好きの世話好きで私を釣りの道に引き入れた張本人でもあります。
独身時代は、毎日昼夜通って、時にはみんなで朝方までトランプやったり、魚釣りに行ったり、また時には親代わりにビシッと私を叱ってくれたり、何時間も相談にのってもらったり、常連のおじちゃんやおばちゃん達とカラオケいったり、まぁホントにお世話になっている方なのです。

結婚後、住まいもこの定食屋から離れた為、仕事で近くに来た時にお昼食べに寄ったり、主人が夜留守の時に子供達を連れて食べに行ったりしてます。

最近、マスターはネットのオークションに出品するのが趣味になってて、器用なので中古の農機具なんかを自分でメンテして出品するのに生きがいを感じてるみたいです。
そのオークションで落札したある地元のお客さん(30代)が、奥様のために農機具を購入されて、その納品に行った際、あまりにも素人で畑の状態が悪く、世話好きのマスターは見るに見かねて畑を2回もその農機具で耕したとのこと。なのに、ジュース1本だけでがっかりしたとの話しをしてくれました。
別に御礼が欲しくてそこまでされたんじゃないんです。
純粋に、見るに見かねての親切心で、畑を耕すという大変手間と時間がかかる作業をしたのに、大した感謝の言葉もなくジュース1本で、その後も何にもない!とちょっとプンプンでした。

「最近、そういう人が多かー」

たしかに・・・。


なんで、こういう人多くなったんだろう。
マスターも、たぶんきちんと感謝の気持ちを表して欲しかったんでしょう。

何気ない、周囲の方々との人間関係の中で、“感謝の気持ちをきちんと表す”ということは、おそらく古き良き時代の日本では日常生活の中で普通にみられた慣習であったと思います。私は、マスターとこんな話しをしている中、“感謝の気持ちを表す”という言葉の後、頭の中にフッと“盆暮れのご挨拶”という言葉が浮かんできました。
あー、そうか。お中元お歳暮って、何か形式ばかりになってますが、本当に、お世話になった方への感謝の気持ちを表すことなんだ・・・。確かに、普段お世話になってるお方へ感謝の気持ちとして毎年送ってますが、この話しの後、なーんか実感してしまいました。

いわゆる最近の若い子達(私たちも含め)、人からいろいろ世話をやいてもらうことをあまり好まない傾向にありますよね。そうじゃないですか?実際・・・。お返しが返って面倒だとか、煩わしいとかいって。
当たり前かもしれませんが、これって“愛情黒ハート”ですよね。
ありがたいことなんですよね。
それを、“相手がなんでそこまでしてくれたのか”なんてこれっぽっちも考えず、自分の都合ばかりで判断して。相手をしっかり見てないですよね。本当に、失礼な事です。

そうなんですよ。私自身、人の好意に対し無神経な所がありました。はい、すみませんでしたm(_ _)m
いろいろ、思い出しちゃいました。

あーあ、ほんと申し訳なかったなー(-_-)
っと、そうだ、夕べ田舎のばあちゃんからの電話。
「唐芋いらんねー、送ってやろうか?」
「んーー、そんな沢山食べれんけんいいよ。今度帰った時で。」

ごめん、ばあちゃんm(_ _)m
せっかくの好意を断ってしまって・・・。
日頃の感謝の気持ちが足らない証拠ですね(^_^;)

それに、特に身内に関しては、“言葉だけ”の感謝が多くなってるなー。

どこかで、“言葉以外のもの”を期待してることってないですか?「こんだけやってるのに、なんで?」とか、いつもいつもお世話していて(お世話しているんだと思いこんでる節もありますが)、感謝の気持ちをその都度言葉で表わされていても、それが他人だったら尚更、「ホントに感謝してんのかな?」とか、更に「何か、当たり前になってしまってる?」なんて相手を疑い始めたり・・・。感謝する側、される側になってもやはり自己中的思考で判断してしまってないかい?

感謝の気持ちをきちんと伝えるって、難しいですね。日頃、その件に関して、特に自分に近しい人に対しては、雑になってるというか、丁寧さが欠けてるな・・と、今日は反省しております。言葉は簡単だけど、ひょっとして、安易にこの簡単な(めんどくさくない、煩わしくない)手法ばかりをとっていないか?
そう思うと、これまでの日本の慣習は、人間関係を円滑にする為の有効な手法ではないのかと改めて思いましたがいかがでしょうか。
その慣習の形だけにとらわれて、本来の意味を認識せずしぶしぶお中元お歳暮等の行事をこなしていませんか?

いずれにせよ、もう少し丁寧に気持ちを表さなければなりませんね(^_^;)


マスターと話せてよかった。




今日もありがとうございます。
あなたの1クリック宜しくお願い致しますm(_ _)m

ランキング参戦中!↓黒ハートクリックお願いします!
女性社長ブログランキングにほんブログ村 経営ブログ 女性社長へ




posted by kagami at 20:06| 熊本 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。